Smoker side H
懐かしい人の、夢を見た。
少し、うとうとしていたらしい。
ちくちくと鼻腔を刺激する匂いに意識を引き戻され、アスランは傍らの青年を見上げた。
ハイネ・ヴェステンフルス。先日から、ミネルバに乗艦したパイロットだ。
綺麗な指の先に煙草を挟み、紫煙の上る先をぼんやりと見ている。
この匂いのせいか、と、アスランが思ったとき、彼はアスランが目を覚ましたことに気がついた。
「お目覚めかい？お姫様」
「お姫様はないでしょう・・・」
呟いて、寝返りを打つ。
起きようかとも思ったが、腰がだるいのでやめた。
ここのところ、ずっと年下のシンばかり相手にしていたせいか、この青年との情事は心地よかった。
包み込むように、優しくされるセックスは、疲れた心と体に丁度いい。
ハイネは煙草を持たない方の手で、少年の髪をくしゃくしゃと撫で、アスランはされるがままになりながら、じっと青年の手元を見つめている。
なんだか猫みたいだな、と思いつつ、ハイネは煙草を咥えた。
「・・・・ああ、煙草は嫌いか？」
ハイネ自身は吸うからわからないが、嫌いな人間は多い。
この少年が、見た目どおりの良い子でないことは先程既に実証済みだが、匂いが嫌いとか、そういうこともあるだろう。
しかしアスランは、目をそらさないまま、首を振った。
「いいえ」
「じゃあ、吸いたいのか？」
「はい」
良い子ではないが、髪にも服にも、かけらも匂いがついていないから、喫煙者ではないだろう。そう思いながらも聞いてみると、意外なほどあっさりと頷いた。
それを、見て。
ハイネは手を伸ばし、ベッドサイドの灰皿に、それを押し付けて消してしまった。
「やっぱりダメ。パイロットは健康第一だろ」
「・・・・そうですね」
アスランは興味を失ったように、天井を眺めた。
紫煙の名残が、わずかに渦を巻いて漂っている。
じゃあ、吸ってるお前はどうなんだくらいは言われると思っていたハイネは、拍子抜けして首を傾げた。
「なんで、吸いたいんだよ」
アスランはハイネに視線を戻し、裸の肩をすくめてみせる。
「いえ、昔、酒を飲んだときと、した後だけ、吸っていた人がいたんです。どんな味がするのかと、ずっと思っていたんですが。・・・確かめる前に」
アスランは懐かしむ目を、潰れた煙草に向けた。
「誰だ？それ」
無神経を装ったハイネに、アスランは気づくことなく続ける。
「ミゲル・アイマン。『黄昏の魔弾』をご存知ですか？」
ああ、この人はなんとなくミゲルに似ている。
「ああ。クルーゼ隊だろ？緑なのに戦場で二つ名まで持ったパイロットだからな」
「実戦でこそ、力を発揮できる人だったんです。俺たちにいろいろなことを教えてくれました」
懐かしむ声は淡々としていたが、その奥の感情を思い、ハイネはひとつ、ため息をついた。
「そっか・・・」
突然、奪われた命。
確かめられなかった煙草の味。
戦場に生きる自分たちには、いつ訪れるとも知れない、その瞬間。
自分にも、そして、この少年にも。
ハイネは思い立ち、新しい煙草を取り出した。
軽く咥え、火をつける。
ゆっくりと燻らせ、吐き出し。
「アスラン」
「はい」
吸わせてもらえるのかと、身を起こしかけたアスランの顎を捉え、緩く開かれた唇に、深く、口付ける。
口腔の内すべてに、煙の残滓を擦り込むように。深く、長い口付け。
ハイネのキスは気持ちが良いが、目覚めたときと同じ、ちくちくとした刺激が口いっぱいに広がり、アスランはわずかに眉をしかめた。
「・・・・美味いもんじゃ、ないだろう？」
離れた唇に囁かれ、少年は素直に頷く。
「はい」
それから、ふと気がついたようにハイネを見上げ。
「じゃあ、どうして吸ってるんですか」
「そーゆーことは聞くもんじゃないよ」
またくしゃくしゃと頭を撫でられ、アスランはまた、素直に頷いた。
聞かれたくないことなど、アスランにも山ほどある。
小さな火を消すハイネの指先を横目に見ながら、アスランはゆっくりと身を起こした。
「ヴェステンフルス隊長」
「その呼び方やめろって」
もう一度、あの不味いキスをねだるために。